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シャトー・ラコストの方へ 2
マルセイユの日差しはいかにも南フランスといったかんじできらきらと港町を照らしていた。飛行機を降りて、 階段を降りていくと、「Villa la Coste」と書いたプレートを持っている男性がいた。それが、エリックだった。
レンジローバーに乗り込むと、冷たい水と「おしぼり」が用意されている。エリックは、フランス人らしい運転で私たちをシャトー・ラコストへと運んで行った。ピレネー出身の彼は魅力的で、そして優秀なガイドだった。ピカソが晩年を過ごしたシャトーのこと、うさぎやりすといった野生の動物たちのこと、エクサンプロバンスが豊かな水脈の土地であること、そしてもちろんシャトー・ラコスト内の建築とアートのことを、よどみなく教えてれた。
見覚えのあるかたちの山が視界に入ってきた。「あの山は、サン・ヴィクトワール山といいます。」エリックの言葉に私が畳み掛けた。「セザンヌが描いた山ね!」今、私はセザンヌが毎日眺めたであろうサン・ヴィクトワール山を見ている。とても見覚えのあるかたち。何度も何度もセザンヌの絵の中で、私はこの山を見つめた。おまけに、大学生のときに、セザンヌを主人公にした短い小説を書いたことがある。その舞台が、当時行ったこともないエクサンプロバンスだった。セザンヌの描いた絵画だけを頼りとして言葉をつないだ。私の想像力は、はたして十分だっただろうか。
安藤忠雄がデザインした門が、シャトー・ラコストの入口だった。コンクリートのシンプルなゲートが私たちを迎え入れてくれる。優雅に走る車の中から、 安藤忠雄のコンクリート造りのアートセンター、ルイーズ・ブルジョワの蜘蛛、ダニエル・ビュランの色彩が見えた。タダオ・アンドウ、ルイーズ・ブルジョワ、ダニエル・ビュラン、あ、あの人が館長。作品の紹介から人の紹介までこなす、エリックのゆっくりした口調が心地いい。
シャトー・ラコストの敷地のほとんどは畑になっていて、背の低いぶどうの木々が整然と並んでいた。まだ葉もつかず、頼りないこれらの木々が、夏に向けて葉を茂らせて実をつけるなんて信じがたい。この南の地でも、やっと冬が終わったばかりなのだ。日差しは強いのに、空気はとても冷たい。
シャトー・ラコストの敷地を上へ上へとのぼり詰めていくと、「ヴィラ・ラコスト」というホテルにたどり着く。 エリックが丁寧に車を止めた。レンジローバーから降りて、前方のぶどう畑とその隙間から見える建築と作品を一望する。ヴィラ・ ラコストは、シャトー・ラコストの敷地を見渡せる、贅沢な空間に立っていた。
ヴィラ・ラコストのマネージャーのニコラが笑顔で迎えてくれた。エリックは私たちを紹介してくれた。「こちらシシィ、こちらココ。」
まずは見晴らしのいいテラスを備え付けたロビーで紅茶をいただいた。小さなペストリーの盛り合わせまでつけてくれたので、本日二度目の朝ごはんを味わう。お昼少し前の時間で、人々は遅い朝食を取っている。窓の外に青空が見える。テラスにもテーブルがあるが、外でお茶をいただくには寒すぎる。一瞬だけテラスに出て、だれもいないプールとガーデンを見降ろした。ぱきっとした青空だった。
ヴィラ・ラコストの客室は、つらつらと横に並んでいて、私たちの部屋は、一番端っこだった。木の扉を開くと、前庭があり、そこにオリーブの木が一本植えられていた。その小さな庭の奥に、ガラス張りの入り口がある。ホテルというよりは、別荘のようだった。ダイニングテーブル、ソファ、アートの本が並べられた本棚、天蓋付きのベッド、大理石のお風呂。 バスルームには外の光が入ってきていて、前庭のオリーブの木を眺めることができる。それから、入り口と反対側には全面ガラス張りの窓があり、そこからテラスに出ることができる。デッキチェアが並べられたテラスからは、ぶどう畑が見下ろせる。
テーブルの上には、スパークリングのロゼワインが美味しそうに冷えていた。隣には、イースターの卵型の大きいチョコレート。すばらしい歓迎っぷり、来た甲斐があったなあと思う。
「さあ、まずは散歩しようか。」 天気が良いので、私たちの足取りは軽い。ヴィラ・ラコストを出るところで、エリックに会った。彼はアートセンターまでの行き方を教えてくれる。「歩道を通っていくと、まず、ヴィラ・ラコストの敷地内にルイーズ・ブルジョワの作品がある。もともとテイト・ モダンにあった作品なんだけど、シャトー・ラコストのオーナーが買い取って、わざわざロンドンから運んできたんだ。それから、タダオ・アンドウのフォー・キューブスという作品があって、 その奥にベルがあって、ゴーンという音が・・・」と彼が言った瞬間、「ゴーン」という渋い音が響いてきた。エリックは、ほらね、と私たちを見る。ホテルの入り口にも彫刻があった。「エリック、これは何?」「What I want is you… No, All I want is you… by Tracy Emin」エリックのゆっくりとした話し方がたまらない。「楽しんでね。よい午後を。」
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