新国立美術館 李禹煥展

 


李禹煥展


 新国立美術館で、2022810日から117日まで李禹煥展が開かれています。


 李禹煥は1936年に韓国で生まれました。1956年に来日し、創作活動をしながらハイデガーとリルケの研究をしていました。

 1960年代後半、十数人のアーティストたちが「もの派」と呼ばれましたが、李禹煥はそのうちのひとりでした。「もの派」とは、木や石といった自然のものを作品に取り入れ、「もの」との関係を探ろうとする試みです。

 李禹煥の場合は、ものとものとの関係、あるいはものと人との関係、あるいは「作品と呼ばれるもの」と人との関係がテーマであるように思われます。


 今回の展覧会は、《風景》《風景》《風景》というタイトルのついた絵画の作品が展示された部屋から始まります。これらの作品は、1968年に制作されたものです。1950年代のバーネット・ニューマンやマーク・ロスコを思わせる、巨大なキャンバス全体に派手なピンクの色が塗られた絵画群です。マーク・ロスコの絵画の場合、絵を見ているうちに、その絵のうちに包まれているような感覚を覚えますが、李禹煥の《風景》という絵画は、直視することができません。その蛍光色の色合いのために、目がちかちかとしてくるからです。わたしたちはその絵を「見る」ことができずに、その絵から発せられる強い光の中に立っていることしかできません。絵と鑑賞者の関係ってこんなものだったのか、と思い知らされます。

 また、哲学者フランソワ・リオタールは、バーネット・ニューマンの絵画に「作品それ自体<である>時間」を見出していました。それは、作品が描き出す場面の時間ではなく、作品が今ここに出現している時間のことです。それは、李禹煥の《風景》にも言えることだと思います。それは、今ここに出現しているしかも、それを見る鑑賞者にたんに「消費」されるものとしてではなく、その「出現」自体が作品なのだと思わせます。


 そして、「関係項」と名づけられた作品が続きます。石とガラス、石と鉄、石とステンレスなどが組み合わされた作品群です。ふむ、素材と素材との関係なんだなと、高を括っていてはなりません。

《関係項棲処(B)》という作品は、石と鑑賞者の組み合わせです。鑑賞者は、割れた石が敷き詰められた床の上を歩きます。(噂に聞く、ハンス・ハーケの《ゲルマニア》はこんな感じだろうかと思いました。)わたしたちが歩くと、足元の石はぎしぎしと音を立てます。(噂に聞くベルリン・ユダヤ人博物館のメナシェ・カディシュマンの《落ち葉》はこんな感じだろうかと思いました。)その部屋に入る前から不協和音が聞こえていたのですが、それが誰かが「鑑賞している」音だったとは思いもよりませんでした。自分の足元で「作品」がぎしぎしと鳴いているのはなんだか不気味です。「こっそり見るなんてムリ」と言われている気分になります。

 この作品には、二つ、石が積み重なっている部分があります。どこか不安定で、崩れ落ちてしまいそうに見えました。日本庭園で見かけた素朴な石でできた五重塔を思い出しました。

 ちなみにこの作品は2017年にル・コルビジュエが設計したラ・トゥーレット修道院で展示されたそうです。ル・コルビジュエ建築と李禹煥のコラボレーション、見たかった・・


《関係項鏡の道》という、ふたつの石と床に置かれた鏡の作品では、そのまわりに砂利が敷かれています。そこも歩くと音がしますが、こちらはお寺や神社の砂利道のようで、聞き慣れた音です。この作品は屋外に置かれたら、鏡に空が映し出されて面白いだろうなと思いました。鑑賞者はその床に置かれた鏡の上も歩いていいので、こわごわとそこに乗ってみます。そうなると、もう作品と鑑賞者とは無関係ではいられないのです。作品の方は無機質で、無意味で、まったく心を開いてくれませんが・・


 展示の後半は絵画の作品が続きます。かすれのある線は書道の文字を思わせ、荒いストロークの筆致は、池のなかを泳ぐ鯉を思わせました。そしてその「泳ぐ鯉」は、今この展示室のなかで右往左往しているわたし自身の姿のようでもありました。実際、あっちの絵を見てはっとしてこっちの絵を見てはっとしてと、つい、うろちょろしてしまう展示空間なのでした。


 最後の部屋にはふたたび、石と金属の板の置かれた《関係項》が展示されています。石は床に置かれ、金属の板は壁に立てかけられています。これは・・。もはや、その「ふたり」の姿は、絵画とそれを見る鑑賞者にしか見えません。巨大な絵、意味なき絵を目の前にした「わたし」がそこにいるかのようでした。


 この展覧会は、兵庫県立美術館にて20221213日から2023212日まで開催されます。

安藤忠雄建築の兵庫県立美術館での展示も見たくなってしまいます。それはきっと、安藤のコンクリート建築と作品との対話になるでしょうから・・


展覧会の情報はこちら:https://leeufan.exhibit.jp



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